大阪高等裁判所 昭和58年(行コ)37号 判決 1984年9月27日
控訴人(原告) 岡崎染工株式会社 破産管財人 田辺照雄
被控訴人(被告) 国
主文
本件控訴をいずれも棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
一 控訴人は、「原判決を取消す。控訴人と被控訴人国との間において、原判決添付別紙目録第一記載の各租税債権が財団債権でないことを確認する。控訴人と被控訴人京都府との間において、同目録第二記載の各租税債権が財団債権でないことを確認する。控訴人と被控訴人京都市との間において、同目録第三記載の租税債権が財団債権でないことを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人らは、いずれも「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。
二 当事者双方の主張は、次に付加するほか、原判決事実摘示(原判決事実及び理由中、第二当事者間に争いがない事実、第三争点の記載、同添付の別紙一ないし五を含む。)のとおりであるから、ここにこれを引用する。
1 控訴人の主張
(一) 予納法人税について
(1) 原判決は、破産宣告後の原因に基づいて生じた租税債権のうち、財団債権にあたるものは、破産財団管理のうえでは当然支出を要する経費に属し、破産債権者が共益的支出として共同負担すべきものをいうとし、最高裁判所昭和四三年一〇月八日第三小法廷判決(民集二二巻一〇号二〇九三頁、以下「最高裁判決」という。)を援用し、それを前提として予納法人税が財団債権にあたるとし、その理由として、(ア)予納法人税が破産法人といえども、所得がある以上、破産終結まで各清算事業年度ごとに当然に納付しなければならない租税であること、(イ)予納法人税の基礎となつた所得は、すべて破産財団に帰属すること及び予納法人税を支出する破産法人の自由財産というものがないことをあげる。右前提には異論がないが、右(ア)、(イ)の二つの理由は右前提に適合しないものである。
たしかに、予納法人税が法人税法上当然に納付すべきものであることには違いがないが、法人税法上の規定は清算法人の一般的規定であり、問題は清算法人の特別形態である破産法人について、破産法上財団債権として、破産債権の支払(配当)に優先してこれを納付すべきか否かであるが、原判決はこの問題について全くこたえていない。破産法四七条二号但書の解釈として、前記前提は租税債権のうち財団債権にあたるものとあたらないものの存在を認め、これを区分するものであるが、原判決は租税債権である以上すべて財団債権であるというに等しい。
次に、破産法人に自由財産が存しないという点はそのとおりであるが、そのことが予納法人税の財団債権性を導くものでないことは明らかであり、自由財産の存しないことを理由にすることは、破産法人に対する租税はすべて財団債権であるというのと同じで、前記前提に適合しない。また、予納法人税の基礎となつた所得がすべて破産財団に帰属するという点も、それ自体は正しいが、そのことからただちに予納法人税が財団債権であると結論することはできない。
前記前提に照らし、予納法人税が破産財団管理のうえで当然支出を要する経費あるいは破産債権者にとつての共益的支出であるか否かが検討されなければならないところ、原判決は右の検討を全く行わずに、ただちに予納法人税が右経費ないし共益的支出であると結論しているのは、審理不尽というほかはない。
(2) 租税は本質的に特別の給付に対する反対給付でないから、破産財団管理の経費あるいは破産債権者の共益的支出にあたる租税は存しない。したがつて、正確にいえば、社会通念上右経費あるいは共益的支出と認められる(評価しうる)租税か否かが財団債権にあたるか否かを決定することになる。破産財団管理上当然その経費と認められる租税とは、最高裁判決が例示する破産財団を構成する各個の財産の所有の事実に基づいて課せられ、あるいはそれら各個の財産のそれぞれからの収益そのものに対して課せられる租税があたることは異論がないが、破産法人の総所得を課税対象とする予納法人税は、右のいずれにもあたらない。そこで、次に破産財団の管理上当然その経費と認められる要件を確定し、予納法人税がそれにあたるか否かを検討しなければならないが、右の要件としては、(ア)破産財団を構成する財産に関するものであること、(イ)破産者が何びとであれ、すなわち、個人、法人を問わず課されるものであることが最小限要求される。
ところで、予納法人税は、清算内国法人に対し解散していない場合と同一の基準で、各清算事業年度の所得に対し課せられるものであり、この所得は当該清算事業年度の益金の額から損金の額を控除した金額である。益金は資産の販売等破産財団に関連するものと一応いえる収益額と、役務の提供、無償による資産の譲受け、その他の取引、すなわち、破産財団を構成する財産と無関係な収益額の総計であり、その益金から法定の損金を控除したものが所得である。したがつて、右所得は破産財団を構成する財産とは別個の存在というほかなく、右(ア)の要件を欠き、その所得を対象とする予納法人税は、破産財団の管理上当然その経費と認められるものとはいえず、財団債権にあたらない。最高裁判決が破産者が個人の場合破産宣告後の所得税の財団債権性を否定するについて、所得税が個人の財産、事業、勤労等各種の所得を総合一本化した個人総所得金額について、個人的事由による諸控除を行つたうえ課税されるものであることを理由とするのも右に述べるところと同趣旨であると思われる。
また、破産者の所得は、事実上主として破産財団を構成する財産の譲渡益から成るものであるが、現行所得税法上破産者が個人である場合、右譲渡益に対する所得税を課さない旨明文をもつて規定し、事実上所得に対しては破産者が法人である場合にのみ課税される。このことは破産者が何びとであれ課されるという(イ)の要件を欠き、破産財団管理上当然その経費と認められる租税ということはできない。同じ所得に対する課税でありながら、破産者が個人である場合には財団債権性を否定し、法人である場合には財団債権であることを肯定することは衡平を失する。
(3) 被控訴人国は、予納された額が最終的に還付されあらためて破産債権者の配当に充てられるというような二重手間を、課税庁及び管財人に強いることには全く合理性がないとの鑑定意見(甲第一号証、三の(3))に対して反論し、清算所得予納制度の存在理由の一つとして、法人が一たん解散しても継続する可能性のあることをあげるが、破産の場合継続の可能性は事実上零であり、おそらく実例も皆無である。したがつて、予納法人税が財団債権にあたるか否かを論議する際に、継続の可能性を配慮することは無意味であり、清算所得に対する課税の予納であるという本質に基づいて論議すべきである。
法人が清算手続に入つた場合、法人税は最終的に清算所得に対し課され、それに至る清算事業年度の所得に対して課される予納法人税は、清算所得に対して課される法人税の予納であり、その目的は清算所得に対する法人税の確保にあり、清算所得が確定したときに清算される。破産の場合、常態として清算所得は発生しない。したがつて、予納法人税は、仮に納付しても還付されるものであり、経費とは認められない。このように予納法人税は、その実質をみても破産財団の管理上の当然の経費とは程遠いものであり、財団債権性を否定すべきものである。さらに、清算所得は、破産法人の劣後的破産債権を含むすべての負債を破産財団から返済したのちの残余財産からさらに資本、利益準備金等を控除した金額であり、それに対して課される法人税は論理的にも破産債権の弁済におくれるものであるのは当然である。したがつて、その予納である予納法人税も破産債権の弁済におくれて当然であり、財団債権性は否定されなければならない。
(4) 被控訴人国は、清算所得に対する法人税の課税は単に計算上の所得に対してではなく、真に残余財産が資本等の額を越えて存在する場合にのみ可能なのであるから、破産においても会社更生の場合と同様に、資産を再評価してその評価益をもつて欠損の填補に充て、しかる後に新評価額により現実の換価を行うことが許されてしかるべきであるとの鑑定意見(甲第一号証、二の(5))に対し反論するが、再評価が適正に行われる以上、清算所得発生の予測は明確に立てられるというべきである。被控訴人国の所論は制度論と現実論を混同している。
(5) 原判決は、最高裁判決は破産者が個人であつて、破産財団に属する財産と自由財産が存する場合の所得に対する課税(所得税)についての判決であるから、同じく所得に対する課税であるが、法人税の場合にはあてはまらないという。しかし、最高裁判決が所得税の財団債権性を否定するのは、前記のとおり、課税対象である所得が破産財団を構成する財産とは別個のものであることを理由とするものであつて、自由財産が存在することを理由とするものではない。最高裁判決は自由財産が存在する場合であつても、所得税の課税対象は破産財団に属する財産、自由財産とは別個の破産者個人について存する総所得金額であることを明確に指摘し、それを理由に所得税の財団債権性を否定しているのである。したがつて、最高裁判決が同じく所得を課税対象とする予納法人税について援用しうるものであることは明らかであり、原判決は最高裁判決の理解を誤つている。
被控訴人国も、自由財産の有無は所得税の財団債権該当性の判断に関係がないとする鑑定意見(甲第一号証、二の1、2)に対し異論をさしはさむが、最高裁判決を正解しないものである。この点につき若干敷衍するに、最高裁判決は、まず、破産法四七条二号但書により、財団債権とされる租税の範囲につき、破産財団を構成する財産に直接的に結びつく租税が財団債権にあたるという基準を明らかにしたうえ、所得税の性格を明確にし、「従つて、納税者が破産宣告を受け、その総所得金額が破産財団に属する財産によるものと自由財産によるものとに基づいて算定されるような場合においても、その課税の対象は、それらとは別個の破産者個人について存する前叙の総所得金額という抽象的な金額なのである。このように、所得税は、破産財団に関して生じた請求権とは認めがたい……」と判示する。
ここで最高裁判決は、破産者に対する所得税が財団債権にあたらぬことを明言するが、その理由を、課税の対象が「総所得金額」であり、総所得金額は破産財団に属する財産、自由財産とは別個のものであることに求めており、所得税が破産者の「総所得金額」に対する課税であることは、破産者の財産が破産財団に属する財産と自由財産とに分かれる場合にあつても変ることがないといつていることは明らかである。すなわち、破産者の財産が破産財団に属する財産と自由財産に分かれるがゆえに、所得税が財団債権にあたらないとしているのでは決してない。
最高裁判決の右判示部分中「従つて」とあるのが「ところで」、「場合においても」とあるのが「場合においては」、「前叙の」とあるのが「前叙とことなり」となつていれば、さきの判示部分との不整合性はともかく、文理上は自由財産の有無が所得税の財団債権非該当性の理由となつているということになろうが、最高裁判決はそうはいわず、所得税の課税対象が総所得金額であることを明らかにしたうえ、そのことは、破産財団に属する財産と自由財産の併存の場合であつても(端的にいえば、仮に破産法が自由財産を認めない法制をとつていても変りがなく)、総所得金額に対する課税であるがゆえに財団債権にあたらないとしているのである。鑑定意見は最高裁判決を正当に解釈しているものであり、被控訴人国の見解は失当である。
(6) 原判決は予納法人税中いわゆる土地重課税に該当する部分は、まさに破産財団を構成する各個の財産のそれぞれからの収益そのものに課せられる租税であるとするが、いわゆる土地重課税は、一清算事業年度中に処分された土地について、それが例えば、A、B二個の土地である場合、その各々について正または負の譲渡益を計算し、その合計が正の場合その数値に対し二〇パーセントの金額を本来の法人税額に加算したものを法人税額とするものであり、固定資産税のごとく一筆ごとの土地に課されるものではなく、破産財団を構成する各個の財産のそれぞれからの収益そのものに課されるものではない。各個の財産とは一筆ごとの土地を指すものであつて、数筆の土地をいうものではない。
たしかに土地重課税制度の適用を制限する制定法は存在せず、破産法人についても土地重課税が課されるが、問題はそれが財団債権にあたるか否かである。控訴人はこれを消極に解するものであつて、その理由の詳細は、従前より主張するとおりであるが、要約すれば、土地重課税は、さきに述べたことに加え、それ自体独立の租税ではなく、法人税の加重要素にしかすぎず、予納法人税が財団債権にあたるか否かの議論に吸収されるべきものであるうえ、特定時期の政策目的から破産者が法人である場合にのみ課せられ、個人である場合には課されないものであつて、講学上の人的税の範疇に入れられるべきものであり、しかもその負担がきわめて大であり、とうてい破産財団の管理上当然支出を要する経費もしくは共益的支出とみることができないものである。
被控訴人国は、土地重課税が法人破産の場合にのみ課せられ、個人破産の場合には課せられないのは不平等であるとの鑑定意見(甲第一号証、四の(2))に対し、個人の場合には生活保護の意味があり不平等ではないと反論するが、右鑑定意見が不平等といつているのは、破産債権者の立場からいつているのである。破産制度に関連して論議している以上、破産債権者の立場に立つて論ずることは当然である。
また、鑑定意見(同四の(3))は、土地重課税の目的が土地投機の抑制であるから、もはや土地投機に走る余地のない破産者には適用がないとするもので、その論理に何ら矛盾はなく、被控訴人国の主張は反論になつていない。なお、右鑑定意見は、土地重課税は破産者に適用がないという立場で論じているので、土地重課税の破産者に対する適用を認めたうえで、それが財団債権にあたらない旨主張する控訴人と立場を異にするが、右鑑定意見の土地重課税の破産者への適用を否定される論理は、土地重課税の制度目的から構成されるもので、控訴人は、それを財団債権性を否定する論理として援用するものである。
(二) 予納法人事業税について
原判決は、法人税について財団債権性を肯定したのと同じ理由で、予納法人事業税についても財団債権であるとする。清算ことに破産手続に入つた法人については、本来の意味における事業は存在しないので、予納法人事業税の実質は清算所得に対する課税であり、控訴人は予納法人税について述べたのと同じ理由で予納法人事業税についても、財団債権にあたらないものと主張する。なお、予納法人事業税については、土地重課の規定は適用あるいは準用されない。
(三) 法人府民税、法人市民税について
原判決は、法人に対する住民税の課税客体は当該府及び市に事務所または事業所があることであり、破産法人の事務所または事業所は破産財団に属すること及び破産法人にはそれを支出すべき自由財産がないことを理由に財団債権であるとする。
しかしながら、事務所または事業所が破産財団に属するとの点であるが、事務所または事業所は事務または事業を行う場所であつて財産ではなく、破産財団に属することはあり得ない。破産者が株式会社の場合、事業活動は停止し、事務所または事業所の場所にあつた財産は破産財団に属するものとして処分され、商業登記上に本店が残るだけである。本件破産者岡崎染工の場合も本店、事業所には何の財産も存しない。こうした「場所」が破産財団に属するというのは明らかな誤りである。
次に、破産法人に自由財産がないことは事実であるが、そのことが租税の財団債権性を根拠づけるものでないことは、予納法人税に関して述べたとおりである。
法人府民税、法人市民税の課税客体が所得であるとするとする見解もあるが、この見解をとるとしても、控訴人は、予納法人税について所得についての課税が財団債権にあたらないと述べたのと同じ理由で、その財団債権性を否定するものである。
さらに、法人府民税、法人市民税については、法制上直接明らかでないが、清算所得確定時に清算所得に対する法人税額を課税標準とした法人府民税額、法人市民税額を確定的税額として、それまでに納付した税額と清算することになつているので、実質は予納である。したがつて、これらを財団債権としてみたところで、清算所得の事実上存しない破産の場合には、結局、破産管財人に還付されるだけのことであり、単に手数を要するだけで意味がない。
(四) 過少申告加算税について
原判決は破産財団の管理上当然その経費と認められると断ずるが、破産法人にかかる過少申告加算税は申告につき課税庁と破産管財人の見解の相違があつた場合に課されるもので、破産財団の管理とは無関係のものである。けだし、税の申告は税法の規定に従つてなされるものであるからである。
2 被控訴人国の主張
(一) 最高裁判決をいかに理解すべきかについて
(1) 個人破産の場合には、破産財団の範囲は破産者が破産宣告時に有する財産に固定され、その後に得た財産は破産者の自由財産となるので、少くとも自由財産による破産者の所得にかかる所得税は財団債権とならないのが当然である。最高裁判決は、所得税については総合課税方式が採られ、破産財団に属する財産による所得と自由財産による所得とに分離して課税することができず、あくまでも破産者個人の総所得金額が課税標準とされるという仕組みになつていることに注目しており、このことが最高裁判決において所得税債権が破産財団に関して生じた請求権にあたらないとされた直接の理由となつていることは明らかである。最高裁判決の解釈において、自由財産の有無は財団債権性の判断に関係がないとする鑑定意見(甲第一号証、二の(1)、(2))は失当である。
(2) また、鑑定意見(同二の(3))は、法人破産に自由財産が存在しないとの見解を採りつつ、在外財産、差押禁止財産及び破産管財人放棄財産が自由財産として考えうる余地があるとするが、右のような財産が自由財産として存在することはなく、また、破産財団外の財産として存在したとしても、清算所得事業年度内にその財産から自由財産としての所得が生ずる余地はない。すなわち、
(ア) 在外財産は、その性質上いわゆる自由財産とは異なるものである。また、課税面からみた場合、在外債権は回収されても法人の益金にならないから問題外であるし、在外資産の譲渡時に所得が生じたとしても、清算目的に従つて日本国内へ送金されてきた譲渡代金は、破産財団に帰属することになるから、この場合における法人税の課税対象についても破産財団を離れて考えることはできず、結局在外財産から自由財産としての所得が生ずる余地はない。
(イ) 破産法六条三項が差押禁止財産を破産財団に組入れないことにしたのは、破産者の最低生活の手段はこれを奪わないようにしようとする社会政策的見地によるものであるから、原則としてこの規定は個人破産にのみ適用があり、法人の継続を前提としない法人破産には適用されないと解すべきである。また、簡易生命保険法五〇条が簡易生命保険還付金等請求権を差押禁止財産とした趣旨は、簡易保険制度の利用目的が役員または従業員に死亡、傷害、疾病などの事故が起こつたときの退職金、弔慰金、見舞金あるいは損害賠償金を確保するためであるため、この本来の債権者に対し弁済させる目的を徹底させるためである。したがつて、仮に法人破産の場合にも右請求権が破産財団に組入れられないとしても、同請求権は商法四一七条二項の規定に基づき裁判所が選任した清算人等により、その利用目的に沿つて用いられることになるので、破産法人の自由財産として残りそこから新たな所得が発生する余地はない。
(ウ) 破産管財人が破産財団の権利を放棄する場合は、財産的価値のない権利についてであるから、そのような権利が自由財産として残り、そこから新たな所得が発生する余地はない。
(3) 最高裁判決が所得税を財団債権にあたらないとしたのは、前述したとおり、破産財団から発生する所得と自由財産から発生する所得とが分離されず一体として課税されるためであるところ、法人破産の場合は右のとおり清算所得事業年度内に自由財産から所得が発生する余地がないのであるから、予納法人税は財団債権にあたる。
なお、仮に自由財産が存在することがあり、そこからの所得が発生することがあり得たとしても、それはきわめて稀なことであり、そのような稀な場合があることを理由に、一般的に破産法人に対する予納法人税が破産財団から発生する所得と自由財産から発生する所得とを一体として課税する税であると理解することは非常識といわざるを得ない。
(二) 清算所得に対する法人税の予納義務について
(1) 法人税の清算所得の予納制度は、次のような理由により設けられたものである。すなわち、法人は一たん解散しても再びこれを継続することができ、破産による解散でもこのことは同様である。したがつて、清算中の各事業年度において法人税を予納させることは、一方においては清算所得の課税が清算の事務が長引くことによつて著しく遅れること(ちなみに破産会社の清算期間は統計上二年以下一九パーセント、二年超五年以下三二パーセント、五年超四九パーセントとなつている。)に対応する措置としての意味をもつとともに、他方、一たび解散した会社が再び継続した場合に、もし各事業年度の所得について課税が行われていないときには、さかのぼつてこれらの事業年度の所得についての課税を行う必要が生じてくるが、その場合にはすでに時効の完成した事業年度が生じるおそれがあるから、あらかじめこれを各事業年度において課税を行うことにより、課税もれを防止しようとするためであり、予納された額が最終的に還付され、あらためて破産債権者の配当に充てられることになるとしても、十分な合理性が存する。なお、破産法人が清算中に予納した法人税の還付金には還付加算金は付されない。
(2) 鑑定意見(甲第一号証、三の(5))は、清算所得が生じうるかどうかの予測を明確に立てることが可能であるとするが、将来の処分(換価)見込みについて、ある時点で客観的に予測することは困難であり、強いて予測したとしても、主観的な要素に基づくものであり、妥当性を欠くといわざるを得ない。
(三) 土地重課税について
(1) 鑑定意見(同四の(1))は、土地重課税は固定資産税等と似た物的税で、破産財団に関して生じたものというべき外観を具えているが、ある年度に複数の土地が売却された場合、その損益を通算して課税されるところから固定資産税等とは異なり、破産財団に関して生じたものとはいえないとするが、土地重課税は、土地の譲渡にかかる譲渡利益金額の一〇〇分の二〇を一律に本来の法人税に加算するもので、例外的な所得源に応じて課される法人税であるから、まさに破産財団を構成する各個の財産のそれぞれの収益そのものに対して課される租税(物的税)であつて、この税自体の性質は複数の土地が売却された場合に損益が通算されて税額の計算方法が違つてきたとしても変わるものではないから、「破産財団ニ関シテ生シタモノ」といえるし、また、破産法四七条三号の「破産財団ノ換価ニ関スル費用」にあたるといえるので、これが財団債権にあたるとすることに何ら問題はない。
(2) 鑑定意見(同四の(2))は、個人破産の場合の譲渡所得課税は行われないのに、法人破産の場合、土地重課税が課されるのは不平等であるとするが、個人の非課税の制度は、爾後における生活の維持という観点から保護しようとする意図から生まれた制度であり、法人の場合には解散(破産)、清算、消滅という方向で、限られた範囲内で存続するにすぎないのであるから、個人の場合のように保護する必要性がなく、したがつてこのような制度の相違をもつて不平等と評価されるいわれはない。
(3) 鑑定意見(同四の(3))は、破産管財人は自ら土地を取得したわけでなく、売却しても不当に利益を得たといえないし、また、売却代金でもつて土地投機に走るおそれはないから、個人破産の場合と同様、法人破産の場合においても土地重課税の適用はないものと解するのが自然であるとするが、土地重課税の目的は土地投機の抑制であると一般的にいわれているところであり、破産手続の場合であつても、他の納税者と取扱いを異にする理由がなく、このような制度がある以上、課税要件に該当すれば当然に適用があるというべきである。
3 被控訴人京都府の主張
(一) 破産法四七条二号の立法趣旨に鑑みると、公租公課はそれが破産前のものであればそのすべてが財団債権であるとともに、破産宣告後のものではそれが破産財団に関して生じたものは財団債権であるが、そうでないものは財団債権にあたらないのである。したがつて、破産宣告後の公租公課については、それが財団債権に属するか否かは、もつぱらそれが破産財団に関して生じたか否かによつて判別決定されるべきこととなる。
そこで、破産財団に関して生じたということがいかなる事実を意味するかが論点となり、その解明はたやすいものではないが、最高裁判決によれば、破産財団に関して生じた請求権とは、破産財団を構成する各個の財産の所有の事実に基づいて課せられ、あるいはそれらの各個の財産のそれぞれからの収益そのものに対して課せられる租税その他破産財団の管理上当然その経費と認められる公租公課のごときを指すものと解するのを相当とするというのであり、破産宣告後に破産者に課せられる公租公課のうち、
(ア) 破産財団を構成する各個の財産の所得に基づかないで課せられ、または破産財団を構成する各個の財産からの収益ではないものに課せられる租税
(イ) 破産財団の管理上当然その経費と認められない公租公課
は財団債権にあたらないことが一応明らかにされたと解される。しかし右の立言上の用語概念のうち「所得の事実に基づいて」という概念及び「管理上当然その経費と認められる」という概念は必ずしも明確でなく、解釈上疑義を生ずるおそれがないとはいえない。
しかし、最高裁判決は、結論として、所得税は財団債権にあたらないと判示しているが、その理由として説示しているところを究めると、それは破産宣告後に課せられる所得税は、破産宣告後に破産者個人が得る所得(例えば人的な勤労報酬)などのいわゆる破産者個人の自由財産から生じた所得と、破産財団を構成する各個の財産の所有の事実に基づく所得(例えば破産財団に属する不動産の売却により生ずる所得)とが合算総合せられ、かつ、破産者個人の身分などに関する人的控除、その他の控除がなされるため、各所得の種類とかけ離れて不可分となつた抽象的な総所得金額を課税対象として課せられる租税であるから、所得税をもつて破産財団を構成する各個の財産の所有の事実に基づいて課せられる租税あるいは破産財団を構成するそれらの各個の財産のそれぞれからの収益そのものに対して課せられる租税のいずれにもあたらないとするものと解せられ、換言すれば、所得税の課税対象たる所得は、破産財団を構成しない自由財産に関して生ずる所得をも含めて不可分に合算計出される抽象的所得であるから、その所得のうちに、たとえ具体的には破産財団を構成する各個の財産に関して生じた所得が含有されていても、もはやこれを破産財団を構成する各個の財産に関して生じた所得とはいえないとするものであつて、まさに前述の(ア)の理由によつて所得税は財団債権にはあたらないとされるわけであり、その限りでは疑義を生ずるところはないのである。
ところが、控訴人は最高裁判決の判示するところが、法人税にも妥当し、ひいては法人事業税、法人府民税にも妥当する旨主張するが、破産法人について最高裁判決が判示する法解釈が果してそのまま妥当するかについては、大いに疑義がある。けだし、破産者が個人である場合と法人である場合とでは大いに異るものがあるからである。すなわち、破産者が個人である場合には、その者は破産財団を構成する各個の財産の所有者であるとともに、破産宣告後もその者固有の生活があり、いわゆる自由財産の所有があり所得がありうるから、所得税法または破産法が双方に生ずる所得を区別して、課税方法または財団債権の範囲について立法していない現在では、最高裁判決が判示する法解釈もまたやむを得ないが、破産者が法人である場合には、その破産法人は法律上破産財団としてしか存在しないのであり、また、破産管財人は破産手続においてしか破産財団を管理していないのであるから、破産管財人が破産宣告後に破産財団を構成しない財産から生ずる収益を得る行為が起こつたり、そのような事実が生ずることはあり得ず、したがつて破産法人が自由財産を所有し、それによつて所得を生ずる事実はあり得ない。それゆえ最高裁判決が判示する法解釈を破産法人と法人税との関係についてまで敷衍して適用する余地はないものというべきである。
(二) 本件法人事業税は、破産手続により清算中の法人である破産者岡崎染工株式会社(以下「本件破産法人」という。)がその事務所または事業所所在の被控訴人京都府に申告納付すべき法人事業税(地方税法七二条の二九)であるが、その地方税法上の性格は、本来の(清算法人でない)法人が納付すべき法人事業税(同法七二条)と異なるところがなく、それは本件破産法人の行う事業に対し、本件破産法人の所得及び清算所得または収入金額を課税標準として、本件破産法人の事務所または事業所所在の被控訴人京都府において課する租税である。
(1) 破産法人(清算中の法人)が納付すべき法人事業税が法人事業税一般と異なるところは、ただ清算中の法人の事業年度の所得または収入は本来の(清算法人でない)法人の所得または収入ではないが、これを本来の所得または収入とみなして、これらの所得または収入金額を標準として当該事業年度の事業税額を計算することが規定されているという点にあるのである。
(2) 本件法人事業税は、後日清算所得に対する事業税の確定申告納付が行われる(同法七二条の三一)とき、その一部または全部が還付されることとなる場合が生ずるけれども、このようなことが起こる徴税方法の是非はもつぱら立法政策上の問題であつて、このことは法人事業税が清算中の法人の事業に対し、当該事業年度の所得または収入金額を標準として課せられる租税であることを否定すべき理由または論拠となるものではない。
(3) ところで、控訴人が本件破産法人の破産管財人として納付申告している本件法人事業税は、控訴人が破産手続を遂行することによつて清算の範囲で存続する本件破産法人が本来営んでいた事業を廃絶するに至るか継続できるかを決定するために、該事業の延長として本件破産法人のためその所有する破産財団を構成する不動産を処分して得た所得を標準として課せられる租税であるから、最高裁判決が判示する破産財団を構成する各個の財産の所有の事実に基づいて課せられる租税にあたるのみでなく、本件破産法人が破産債権者に配当すべき資金を得るため、本件破産法人の所有であり、その破産管財人である控訴人によつて管理されている破産財団を構成する各個の財産を換価処分するにあたり、当該財産の管理上控訴人が税法に則つて当然に納付しなければならないところのいわば破産債権者のための共益的支出並びに財産管理上の必要経費にもあたるというべきである。
そして、このような性格の地方税である本件法人事業税が少くとも本件破産法人の所得を生ずべき業務について生じた必要経費であることは、法人税法において法人事業税が損金の額に算入されること(法人税法三八条二項三号)によつても明らかである。
(4) よつて本件法人事業税が破産財団に関して発生している財団債権にあたることは明白である。
(三) 本件法人府民税は、京都府内に事務所または事業所を有する法人である本件破産法人に対して均等割額及び法人税割額の合算額によつて被控訴人京都府において課する租税(地方税法二四条一項三号、五一条、五二条)である。そこで本件法人府民税のうち、法人税割として課せられる部分については、本件破産法人の所得が標準となるのであり、この意味において法制上並びに社会経済上、本件破産法人について確定している所得(不動産の売却代価及び違約賠償金)と関連し連動するものとして考察しなければならない。
(1) 本件破産法人の右所得は、破産手続上破産債権者に対する配当資金に充てるために本件破産法人の破産財団を構成する財産を処分することによつて生ずる所得であるから、これに課せられた本件予納法人税が最高裁判決が判示する法解釈に照らして、破産財団を構成する各個の財産の所有の事実に基づいて課せられる租税にあたることは疑いがなく、それゆえ延いては右所得に関連し連動して算出される本件法人府民税の法人税割にあたる部分が右財産の所有の事実に基づいて課せられた租税といえると解すべきである。
(2) ところで、本件法人府民税には法人税割額のほかに均当割額が合算されて課せられており、あたかも人格的主体を課税対象とする人頭税を含むかの観を呈しているから、全体としてはこれを破産財団を構成する各個の財産の所有の事実に基づいて課せられる租税とはいえないのではないかとの疑義が生ずるが、本件法人府民税のうち均等割額にあたる部分は、もともと破産宣告の前後を問わず、その公簿上登記された営業所に存在し、その資本の金額を標準(基準)として課せられているものであつて、それ自体個体的財産を対象として課せられる財産税であるから、これを資本という財産の所有の事実に基づいて課せられた租税であるとみるべきであつて、個人の道府県民税のうちの均等割額にあたる部分のごとき人頭税と同一に解することはできない。とりわけ、破産宣告後の本件破産法人は、その公簿に登記された営業所に事務所兼事業所を有する破産財団として、その破産管財人の管理下に資本その他破産財団を構成する各個の財産の集積を所有し管理する主体者としてのみ存在するものであるから、本件法人府民税はその法人税割額の部分はもとより均等割額の部分もまた、ともに破産財団を構成する各個の財産である資本の所有の事実並びに売却不動産の所有の事実に基づいて課せられる意味をもち、かつ、それらの財産の管理者が右不動産を管理し処分するうえで課せられる意味をもつ租税であつて、この税を納付しないでは破産債権者全員に対する配当資金に充てるために右不動産を処分することができない意味からいつて、社会経済的に破産債権者全員のための共益的支出にあたるといわなければならない。
(3) しかし、仮に、本件法人府民税のうち均等割額の部分に限り破産財団を構成する各個の財産の所有の事実に基づいて課せられる租税にあたらないと解するときでも、右の均等割額にあたる税は、売却処分の対象となつた不動産の所有者である本件破産法人が、破産管財人によつて、その不動産及びこれを売却した後のその売却金などを含む破産財団を管理するうえで、法制上当然に納付しなければならない租税であるというべきであるから、それは破産財団の維持管理上破産債権者全員に役立つ当然の経費にあたるといわなければならない。
(4) 以上述べたところは、控訴人が本件破産法人のために被控訴人京都市に申告した本件法人市民税についても妥当する。
(5) なお、法人税法上、法人府・市民税は法人事業税と異なり、損金の額に算入できない(法人税法三八条二項三号)と解されるところから、法人事業税は法人が当該事業年度の所得金額を得るために要した直接の費用または一般管理費その他その所得を生ずべき業務について生じた費用、すなわちいわゆる必要経費と認められるから、その金額を損金に算入できるけれども、法人府・市民税は右のいわゆる必要経費とは認められないからその金額を損金に算入できないかのごとき疑義を生ずるが、右の法人税法の規定は、ただ法人府・市民税を損金に算入しないことを国の財政政策に基づく立法政策として法定しているだけのことであつて、法人府・市民税が右のいわゆる必要経費にあたるか否かは、法人府・市民税の意味に即して社会経済的に、また、会計学的に理解され判断されなければならないのであつて、かかる見地に立てば、すでにさきに述べたとおり、本件法人府・市民税が破産債権者のための当然の共益的必要経費にあたると解すべきである。これに加えて、仮に法人府・市民税が経費という用語概念にあたらないとしても、法人府・市民税の納付が最高裁判決の判示にいう共益的支出にあたることは明らかであるから、法人府・市民税は財団債権にあたるものというべきである。
(四) 鑑定意見(甲第一号証、六)は、もともと破産法人には事業もないし、事務所または事業所もないというが、誤りである。すなわち、
(1) 破産法人といえどもその破産手続が終了し清算が完了するに至るまでの間は存続しているのであり、その清算の範囲において破産宣告前の事業が存続しており、その事業は破産手続の終了による清算完了によつて廃絶に至るのである。このことは法人税法一二〇条(継続等の場合の所得税額等の還付)の規定が存在する一事によつても理解されるところである。
(2) また、破産法人は、その存続の間は、破産宣告当時の登記簿上の営業所(または事務所)がその事務所または事業所であることには変りがないし、また、登記上の役員及び破産管財人がその事務所または事業所の人的要素を成すのである。けだし、法人はその登記によつてのみ登記されている営業所(または事務所)とともに法律上存在するのであるから、その登記が仮装または虚偽でない限り、破産法人といえども破産宣告前の登記上の営業所がそのまま存続しているのである。
4 証拠関係<省略>
理由
一 当裁判所も、控訴人主張の本件各租税債権はいずれも財団債権にあたり、控訴人の本訴請求をいずれも失当として棄却すべきものと判断するものであつて、その理由は、次のとおり付加するほか、原判決理由説示(争点に対する判断、原判決六枚目裏四行目から同一一枚目裏五行目まで、ただし、原判決九枚目表七行目に「破算」とあるのを「破産」と訂正する。)と同一であるから、ここにこれを引用する。
二 控訴人は、本件各租税債権はいずれも財団債権にあたらないとして、るる主張するから若干補足して判断する。
1 控訴人は、必ずしも明確でないが、まず原判決は破産法四七条二号但書にいう「破産財団ニ関シテ生シタル」とは、破産財団管理のうえで当然支出を要する経費に属し、破産債権者が共益的な支出として共同負担すべきものをいうとし、最高裁判決を援用し、これを前提として、予納法人税が財団債権にあたるとする二つの理由をあげているが、これらの理由は右前提に適合しないと主張する。しかしながら、前記引用にかかる原判決説示にあるとおり、破産法人は破産により解散し、破産の目的の範囲内においてのみ存続するものとみなされるから、たとえ破産宣告後も営業を継続したとしてもその収益は破産財団に帰属するわけであり、個人破産の場合と異なり、破産財団に帰属しない財産、すなわち自由財産というものを生ずる余地がなく、換言すれば、破産法人は破産財団に属する財産を基盤としてのみ存在するということができる。また、破産法人はもともと債務超過となつているから本来清算所得を生じないわけであるが、法人税法は清算による残余財産の確定までに長期間を要する場合があることから、破産法人であつても、所得がある以上、当該清算事業年度の所得を破産していない法人の所得とみなして計算した法人税の額を申告してこれを納付(予納)する義務を課しているから、破産法人は清算法人の特別形態であるとはいえ、予納法人税を破産終結まで各清算事業年度ごとに当然に納付しなければならないということになる。そうして右予納法人税の基礎となつた所得(本件破産法人にあつてはその所有の土地の処分による譲渡益、預金利息、違約金等の収入である。)は、すべて破産財団に帰属することになり、他に予納法人税を支出する破産法人の自由財産というものはないのであるから、破産財団に属する財産からこれを支出せざるを得ない。そうすると、右所得は結局のところ破産債権者の配当資金に充てられるものであり、これに対して課せられる予納法人税は、その発生原因が破産債権者に利益をもたらすものと考えられるから、その支出は破産手続遂行のために必要な、破産債権者に共益的な支出、換言すれば最高裁判決にいう「破産財団の管理上当然その経費と認められる公租公課」に該当するといつて妨げなく、財団債権にあたるものといわざるを得ない。原判決のあげる理由は前記の前提に適合するものというべく、控訴人のこの点の主張は理由がない。
2 ところで、予納法人税は各事業年度の清算所得に対して課せられるものであり、最高裁判決にいう「破産財団を構成する各個の財産の所有の事実に基づいて課せられ、あるいはそれら各個の財産のそれぞれからの収益そのものに対して課せられる租税」と解することは困難であるから、結局のところこれが「破産財団の管理上当然その経費と認められる公租公課」にあたるか否かが検討されなければならないことはいうまでもないが、その基準は必ずしも明確なものといえない。控訴人は、予納法人税が破産財団の管理上当然その経費と認められる要件(基準)として、破産財団を構成する財産に関するものであること及び破産者が個人、法人を問わず課されるものであることをあげ、予納法人税はそのいずれの要件をも欠くから財団債権にあたらないと主張する。しかしながら、右要件のうち、破産財団を構成する財産に関するものであることはもとより必要であるが、破産者が個人、法人を問わず課されなければならないとする理由はなく、その根拠も見出し得ない。たしかに、現行の所得税法は、個人破産の場合の資産の譲渡による所得には所得税を課さないことにしている(同法九条一項一〇号)のに対し、法人破産については、清算中に生じた各事業年度の所得に対する法人税は課さない(法人税法六条本文)が、清算所得には法人税を課すこととされている(同法五条)。また、所得の金額の計算につき、法人税法二二条は、当該事業年度の益金の額から当該事業年度の損金の額を控除した金額とし、所得の金額の計算上別段の定めがあるものを除き、資産の販売、有償または無償による資産の譲渡または役務の提供、無償による資産の譲受け、その他の取引で資本等の取引以外のものにかかる当該事業年度の収益の額が益金の額に算入されるとしているが、同条は解散をしていない本来の法人に対して課する各事業年度の所得の金額の計算について定めたものであり、清算所得の金額の計算について定めたものではなく、解散による清算所得の金額の計算については、同法九三条により、残余財産の価額からその解散の時における資本等の金額と利益積立金額等との合計額を控除した金額とするとされているから、本来の法人についての所得金額の計算の通則がそのままあてはまるか疑問であるうえ、さきに述べたとおり、破産法人は破産により解散し、破産の目的の範囲内においてのみ存続し、自由財産というものを生ずる余地がないから、益金の額に算入されるとされる資産の販売についてはもとより、役務の提供、無償による資産の譲受け、その他の取引も、破産財団を構成する財産に関するものというべきであつて、それとは無関係な収益額ということはできず、予納法人税を課せられる所得が破産財団を構成する財産とは別個の存在であるとはいえない。もつとも、法人が本来の事業年度の中途において破産宣告を受け解散をした場合には、予納法人税の課税標準に破産財団外の財産による所得が混入するおそれがあるが、この場合につき法人税法一四条一号はその事業年度の開始の日から解散の日までの期間と解散の日の翌日からその事業年度の末日までの期間をそれぞれ独立の事業年度とみなし、別個に課税することにしているから、破産宣告前の所得と破産宣告後の所得とを区分して確定することが可能であり、破産財団外の財産による所得が混入することはない。控訴人の予納法人税が前記要件を具備しないとの主張は採用できない。
3 控訴人は、同じ所得でありながら破産者が個人である場合には財団債権性を否定し、法人である場合には財団債権であることを肯定するのは衡平を失すること、破産の場合常態として清算所得は発生しないものであり、予納法人税は一たん納付しても清算所得が確定したときに清算され還付されるものであり、実質をみても経費とは認められず、破産財団の管理上の当然の経費というには程遠いものであること、さらに論理的にも破産債権の弁済におくれて当然であることなどを理由とし、あるいは、鑑定意見(甲第一号証)を援用して、予納された額が最終的に還付され、あらためて破産債権者の配当に充てられるというような二重手間を課税庁及び破産管財人に強いることには全く合理性がないこと、清算所得に対する法人税の課税は単に計算上の所得に対してではなく、真に残余財産が資本等の額を越えて存在する場合にのみ可能なのであるから、破産においても会社更生の場合と同様に資産を再評価してその評価益をもつて欠損の填補に充て、しかる後に新評価額により現実の換価が許されてしかるべきであることを理由として、財団債権性は否定されなければならないと主張する。予納法人税として申告、納付された額は、後に残余財産が確定した場合その申告をした段階で破産法人に還付されることになつている(法人税法一一〇条一項)こと、会社更生では手続開始とともに資産を再評価し評価益が生じてもこれをもつて欠損金に充当でき、なお評価益が生じた場合のみ益金とされる(会社更生法二六九条三項。法人税法二五条)ことはそのとおりであるが、控訴人の主張するところは立法論としてはともかく、現行法のもとにおける解釈としてはとり得ず、予納法人税は、破産債権者にとつて共益的支出として、破産財団の管理上当然その経費と認められる公租公課に該当し、財団債権であるといわざるを得ない。
4 控訴人は、最高裁判決の法解釈は同じく所得を課税対象とする予納法人税についても妥当するとし、自由財産の有無は財団債権該当性の判断に関係がないと主張する。しかしながら、最高裁判決が所得税は破産財団に関して生じた請求権にあたらないとした理由は、要するに、個人破産の場合には、破産財団の範囲は破産宣告時に有する財産に固定され、その後の新得財産は破産者の自由財産となるので、少くとも自由財産による破産者の所得にかかる所得税は財団債権とならないのが当然であり、所得税について破産財団に属する財産による所得と自由財産による所得とに分離して課税することができる仕組になつていれば、前者は財団債権となり、後者は財団債権とならないことになるが、所得税制は、分離課税の認められる特殊な所得は別として、累進税率の適用による総合課税方式が採られ、破産財団に属する財産による所得と自由財産による所得とを分離して課税することをせず、あくまでも破産者個人の総所得金額という抽象的な金額を課税標準にすることとしているため、破産財団に属する財産による所得と自由財産による所得とが混入し、全体としてみれば結局財団債権にならないとするものと解されるのであつて、いわば所得税制の技術性から財団債権にならないとしたのであり、破産財団に属する財産を処分して得られた所得を原因とする所得税の支払が共益的な支出とはいえないという理由でその財団債権性を否定したわけではなく、自由財産の有無はもとより所得税の財団債権該当性の判断に関係するものというべきである。したがつて破産者の自由財産があることを前提として、総合課税方式を理由に破産宣告後の原因に基づく所得税の財団債権性を否定した最高裁判決の法解釈は、破産法人の法人税については妥当しないといわなければならない。
5 控訴人は、本件予納法人税中いわゆる土地重課税については財団債権にあたらないと主張するが、土地重課税は土地の譲渡益に対して課税されるのであり、破産財団を構成する各個の財産のそれぞれからの収益そのもの(各個の財産が一筆ごとの土地を指すものでないことは、「それぞれ」の文言があることから明らかである。)に対して課せられる租税であり、その発生原因が破産債権者の利益に帰するから財団債権とみざるを得ない。控訴人は、さらに法人事業税、法人府・市民税及び過少申告加算税についても財団債権性を否定し、とりわけ、破産法人には本来の事業はなく、事務所または事業所は事務または事業を行う場所で財産ではないし、右場所にあつた財産は処分され、商業登記上本店が残つているだけであるから、この場所が破産財団に属するということはあり得ないと主張する。しかしながら、破産法人は、破産手続が終了し清算が完了するまでの間は、裁判所の許可を得て営業を継続している場合はもとより、これを継続していない場合も、その事業は存在しており、また、その事務所または事業所は、たとえその実質を備えていなくても、破産宣告当時の登記簿上の本店または営業所に存在しているとみるのが相当であり、法人事業税は予納法人税の場合と同様、その発生原因が破産債権者の利益に帰するとみることができ、また、法人府・市民税は事務所または事業所があること自体、破産手続の遂行上において破産債権者に利益をもたらすものと考えられるから、いずれも財団債権とみるべきである。さらに、過少申告加算税は行政上の制裁として課されるものであり、その発生原因は破産管財人の責任によるもので、破産債権者に何らの利益をもたらすものではないが、本税である予納法人税に付帯するものであるから、本税が財団債権とされることに準じて財団債権となるものというべきである。控訴人のこの点の主張も採用できない。
三 以上の次第で、本件各租税債権はいずれも財団債権にあたるとして、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は相当であつて、本件控訴はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、行政事件訴訟法七条、民訴法三八四条、九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 大野千里 田坂友男 阪井いく朗)